吉野はるか 個展「センシティブ デプリ」@CREATIVE HUB UENO
2024年4月23日~5月19日まで上野駅の正面玄関口と浅草口を結ぶ通路に面するCREATIVE HUB UENO “es”で開催された吉野はるか 個展「センシティブ デプリ」を5月18日に訪れた。
「クリエイティブハブ ウエノ”エス”」は”JR東日本と東京藝大の共創から生まれたギャラリー”ということである。「本展では、フランス語で「瓦礫(がれき)」を意味する「デプリ」をテーマに新作を含む5点を展示」と案内があった。また、本展は”エス”のオープニング企画ということであった。訪問当日は、アーティストの吉野はるか氏が会場に来られていたので直接話を聞くことができた。(なお、本記事レポーターのLambdaWKS(ラムダ)は、好奇心から国内・海外の美術館、博物館を機会あるごとに訪れますが美術やその歴史に詳しくなく、コメントは個人的な印象や考えに基づいていることをあらかじめお断りしておきます。)
写真に示すような入口からはいると右手に受付があり、名前を記入するように受付の方に促された。ギャラリーでは名前を記入するのが普通であると(多分今後案内のため)いうことであった。
この写真は入口から左手に展示されていたインスタレーションの「ワラダ」である。解説によると「ワラダ」というのは昔ウサギの狩りをする際に使用した藁で作った円環状の道具だそうである。ワラダを空中に投げると音が出るようでこの音は天敵(鷹)の羽音を模倣できるのでウサギはフリーズしてしまうらしい(参考文献参照)。作品としては狩りに使わないワラダということであった。日本の伝統文化は、優れた「道具」を包含する。一方、伝統的な狩りの道具や農機具や武器などはもともと実用面から考案・洗練されており時代とともに進化が止まり役割りを終える。インターネット時代は、高値で取引される骨董類を除くと、こういった失われた文化遺産は文字や画像情報として記録する形で後世に伝えるという形態になる。
伝統文化を踏まえ作家の解釈を加えて新しい作品として発信することは、改めてアートの価値であると考える。個人的な見方だが、実物大の狩りに使わないワラダは、元のワラダがどのような音を出していたのか、実際に空中をどのように飛行(フリスビーのようなのか)したのかなど「道具」に関心のあるものとしてとても想像力を刺激された。
タイで開催された友人ポーの結婚式出席の際に受け取った花束、帰国の際に空港で検疫の問題で没収されてしまった。「友人ポーとの思い出」をインスタレーションとした展示。タイの音(虫の音など)をヘッドフォンで聞くことができる。
当人にとっては特別なイベントでの”感情”や”思い”を定着させる意味のあるものも、別の文脈を持つ他者視点では、異なる解釈のもと、ルールに基づいて処理・処分され「デプリ」化されてしまうことがある。こういった事象に遭遇した際に作品として”記録”できることはアートの持つ魅力であり作家の力であろう。
今回の展示では一番大きなインスタレーション。枯れ枝をモチーフにガラス細工で表現した。
本作は、以前吉野氏が作成した同系列の作品を個展用にアレンジし新規に制作したということであった。会場で配布されていた本展の”案内”には、以前の作品の写真が掲載されていた。その写真には、ガラスが透明でない箇所があったが、それは加工の際(約2,000℃)に付着することのあるカーボン(バーナーの燃焼条件によって変わると思われる)をそのまま残した効果ということであった。今回の作品は、カーボン付着はなく全体が透明であった。個人的には「デプリ」が作家の創造性の力により将来的な再生や創成という意味も内包するものという観点から、カーボンが付着した状態の作品と本作の対比や今後の展開に興味を持った。
個人的な解釈(アート作品には鑑賞者の観点が入ってもよいだろう)であるが、ピュアなガラスは地球を構成するケイ素(Si)の象徴であり、現在のシリコンテクノロジーにも繋がる。一方、カーボンはその中に含まれるフラーレンやカーボンナノチューブといった新しい素材とみることもできるし、有機物を構成する元素として見た場合、生物や人間を象徴するとみることも可能である。こういった新旧技術の対比、地球とごく表層の狭い意味での生態系の比喩や無機物と生物との対比といった創造性のヒントとなる多様な見方ができたので(正統な鑑賞法ではないかもしれないが)とても面白いと感じた。
庭の土から作った器と「20秒の音」の作品
庭のいろいろな深さと場所の土を素材を利用して作製した器(焼物?)。観葉植物を入れる3種類の鉢(ポット)として展示。各ポットのそばにある写真はチェキで撮影した「20秒の音」を表現した写真も展示されていた。
ポットはそれぞれに色や風合い、質感が異なる。
これらの作品はポットとしての実用性もあり古の「土器」を連想する佇まい。土質によって形成できる形や成型法にも制約条件があると思われ、土質によって作品形状を変化させているのが面白い。また、敢えて土に残る不純物「デプリ」を残すことで庭の土の状態をそのまま見せている。「土器」は、日本という土地で最も古い有形文化の象徴であり、こういった表現をすることで、古い時代から不変なものと経時により積み重なった変化、その場所固有の”記憶”を日常性のある器で同時に体現させているのが興味深い。
「20秒(間)の音」作品の一つ。写真はチェキを使って撮影された。チェキはインスタント写真(いわゆるポラロイド)でその場で見ることができるので、現在も人気があるということである。レンズは固定焦点で被写体の距離によりボケが発生する。そのピントを敢えて合わせない写真で「音」を切り取った作品ということである。写真は個展会期中何度かアップデートされたということであった。20秒というのはチェキでシャッターを切ってから現像時間を経て絵が現れるまでの時間であろう。
気になった写真は上に示した何やら黒いモノリスの上にTicTac型UAPが飛翔しているように見える作品である。メタリックな楕円型飛翔体の正体は目黒を訪問中に遭遇した轟音を発し飛行した「うるせー」航空機らしい。
作品を紹介するアーティスト・吉野はるか氏
XR技術者・クリエーター目線での質問にも丁寧に答えていただき”Creativity is matter”を再認識させていただいた吉野はるか氏に感謝するとともに今後の更なるご活躍を期待しています。
参考文献:
ワラダについては、吉野氏の作品解説の他、www.akita-gt.org(秋田・食の民俗 野生鳥獣編)を参考にさせていただきました。